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ようやく念願叶って上海駐在員になれたしゅうの、上海での日々をまったりお伝えします。
by しゅう
 
カテゴリ:観光情報( 199 )
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バザールの子供たち
クチャ(庫車)はシルクロードの雰囲気漂う、小さな(といっても40万人規模)田舎町だ。

もともとここは仏教東進史上、重要な意味を持つ亀茲国が栄えた土地であった。しかし、現在では住民の大多数がウイグル族であり、イスラム教徒の街となっている。彫りの深い男性たちや、スカーフをまとった女性たちが街を行き来し、全体的にのんびりとした雰囲気が漂っていた。

買い出しに来た少年たち:クリックで拡大
ロバ車に乗って街まで買い出しに来た少年たち
クチャのバザールは片側3車線の大きな道を挟んで、食品および雑貨エリアと服飾エリアに大別されている。幹線道路沿いながらのんびりとした空気が流れ、ロバ車トラクターに乗って郊外から買い出しにやって来る客も目立った。

服飾のエリアでは、色とりどりの布やウイグル風のドレスをはじめ、靴や帽子、その他にも何に使うのか判らないようなものを扱っていた。

服飾エリアで目立ったのは、帽子を扱う店が多いことだ。上海で男性が帽子を被っている姿はあまり見かけないが、ウイグル族にとっては紳士の身嗜みらしい。ムスリムを示すお馴染みの帽子だけでなく、ハンチング帽や毛皮のもの、ベレー帽などが所狭しと並び、目を楽しませてくれた。

境界線となる道路を越えて、今度は食品・雑貨のエリアを訪れる。比較的まとまっていた服飾エリアと違い、こちらは混沌とした雰囲気が漂っている。羊肉を焼く煙がモウモウと漂う中、荷台に無造作にナンを積んだバイクやロバ車が走り回り、それを避けるように多くの人が行き交う。

吊り下げられた肉塊、雑多に積み上げられた食器、路上の食堂、目の前で解体されていく羊などを見ていると、いいようもない感情が湧き出してくる。自分は今、生きてここに立っているのだ。

ナンを焼くおじさん:クリックで拡大   市場の子供たち:クリックで拡大   チェスに興じるふたり:クリックで拡大   市場のちびっこ:クリックで拡大
1.黙々とナンを焼く男性  2.カメラに向かっておすまし  3.街頭チェスは大人の嗜み  4.ひとり遊びの少年は何を想う

バザールではまた、たくさんの子供たちを見かけた。母親に連れ立って郊外から買い物に来ている子や、バザールで働く親のそばでひとり遊びしている子、中には自身が働いている子供すらいる。それぞれの立場は違うけれど、どの子もキラキラと澄んだ目をしていたのが印象的だった。

彼らにカメラを向けたときの反応が面白い。はにかんだ笑顔を浮かべる子、サッと母親の後ろに隠れてしまう子、そして多くは満面の笑みを浮かべるのだ。撮影した写真を彼らに見せてあげると、弾けるような笑顔を浮かべて喜んでくれる。こんな打算なき笑顔は、子供ならではだろうか。

貴州省を旅したときにも感じたが、彼らの多くはけっして裕福ではない。だが、物質的にはあまり恵まれてないかもしれないが、ぼくらが持たない心の豊かさを持っているような気がするのだ。
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by sangyuan | 2007-10-25 01:00 | 観光情報
 
失われていく風景 (アクスからクチャへ)
ようやくたどり着いたアクスは、これといった見どころのない小さな街だ。

ここは中継のためだけに訪れた都市なので、我々はアクスで一夜を過ごしたのち、翌朝にはクチャへ向けて旅立つことになっている。個人旅行であればのんびりと下町の風情でも楽しんでいきたいところだが、時間の限られたツアーでは通過するだけの場所が増えてしまうのも仕方ない。

新疆風ぶっかけ飯:クリックで拡大
トマトの酸味が嬉しいスパイシーなぶっかけ飯は素朴で旨い
朝食はローカルな食堂にて、スパイシーなぶっかけ飯を賞味する。トマトの酸味が効いたタレは、ごはんと相性がよく、なかなか旨かった。

ぼくはツアーについているホテルの朝食は取らず、外で済ますことが多い。宿での食事はどこもありきたりなので、時間が許す限りは土地のものを楽しみたい。ただし、新疆では早朝から営業の店が少なく、この日が初であった。

朝食後はカシュガルから運転してくれたドライバーに別れを告げ、別のバスに乗り換える。クチャまでは約4時間の旅となるが、近いと感じてしまうのはすでに感覚が麻痺してしまったのだろうか。市街地周辺はポプラ並木ののどかな風景が続くが、オアシスから出ると再び荒野が続く。

前日のカシュガル・アスク間は単調な景色の連続で飽きを感じたが、この日はなかなか見どころも多かった。通常、アスクからクチャへ行くには国道312号が使われるが、今回は拝城を経由するルートだ。未舗装道を含む険しい道だが、よりシルクロードらしい風景が楽しめるという。

先日は天山山脈と平行に走り続けるだけだったが、この日は山岳部へも分け入っていく。いくつかのアップダウンを越えると、五彩山と呼ばれる不思議な風景が視界の先に広がった。層状に塗り分けられた奇妙な山の前には干上がった川があり、その底を縫うように道路が続いていた。

彼方に見える天山山脈:クリックで拡大   未舗装の道を行く:クリックで拡大   シルクロードらしいルート:クリックで拡大
左:天山南路が山脈に沿った道だと判る 中:揺れる荷台でロバたちも窮屈そうだ 右:この険しい道をかつては徒歩で通った

ここでトイレ休憩となるが、このツアーでは何度目かの青空トイレ。雄大な自然に抱かれての乾いた大地への放尿は、どこか清々しいものがある。ツアー初期には不満を漏らしていた女性陣たちも、心なしか楽しそうだった。少なくとも悪臭の酷いトイレよりは、よほどよいのではなかろうか。

クチャ手前は未舗装の道が続き、この旅での一番の難所となっている。ガイド氏は「苦しロード」などと駄洒落をいっていたが、窓から見る切り立った崖でこぼこ道は、イメージしていたシルクロードそのものだ。かつてこの道を玄奘三蔵や、キャラバン隊たちが旅したと思えば感慨深い。

このルートも数年後には、立派な舗装道になってしまうという。生活は便利になる反面、古の絹の道は失われつつある。今しか見られないその姿を、ぼくはしっかりと瞳に焼きつけるのだった。
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by sangyuan | 2007-10-20 01:00 | 観光情報
 
西域からきた姫君 (香妃墓)
香妃と呼ばれた西域の美女をご存知だろうか。

時に18世紀の半ば。清の乾隆帝は破竹の勢いで領土を拡大し、ついには莎車(新疆)をも陥落させた。このときに捕らえられたのが、カシュガルの王妃イクバル・ホージャ。彼女はその美しさも然る事ながら、その身体から砂ナツメの芳香が放たれることから香妃と呼ばれるようになった。

乾隆帝はたちまち香妃の虜となったが、敬虔なムスリムだった彼女は前夫に操を立てて、けして皇帝に心を開こうとはしなかった。それでも諦めきれない皇帝の姿を憂いた皇太后は、ひそかに香妃と面会して自殺を迫った。夫を失い、国へ戻ることもできない彼女は、自ら命を絶ったのだ。

アパク・ホージャ墓:クリックで拡大
タイル貼りの美しい建物は、丸屋根や尖塔がイスラムらしい
そんな香妃の亡骸が葬られているという、アパク・ホージャ墓を訪れた。アパク・ホージャとは16世紀末に活躍したイスラムの指導者で、ここは彼とその一族(5代72人)の墓である。

立派な石造りのアーチをくぐって敷地内へと入る。敷地内にはポプラや、香妃にまつわる砂ナツメの木々が並んでいる。石畳の通路を進み、小さな門をくぐると立派な建物が姿を現わした。

緑色のタイルで飾られた美しい建物に足を踏み入れる。内部は一段高くなった部分に、ビニルハウスの頂上を尖らせたようなものが多く並び、その上に色とりどりな布が掛けられている。これが墓石で、その地下数メートルの部分には今も、ホージャ一族の遺体が埋葬されているという。

その中のひとつの香妃の墓とされる墓石もあるが、近年の調査ではそこに遺体はないという。遺体は3年かけてカシュガルまで運ばれたとか、北京近郊に葬られた、湖北省に墓があるなど諸説あるようだが、彼女がどこで眠っていようとも、その物悲しい伝説が変わることはないだろう。
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by sangyuan | 2007-10-17 01:00 | 観光情報
 
新疆に見るイスラム教
世界三大宗教の中でも、イスラム教は我々日本人にとってかなり馴染みが薄い。

信仰の度合は別としても、仏教は我々の日常の中に密着している部分がある。またキリスト教についても、なんとなくながらもメディアなどを通してある程度の基礎知識を持っていることが多い。ところがことイスラムに関しては、むしろ誤ったイメージによる偏見が多いような気がするのだ。

エティガール寺院:クリックで拡大
新疆最大のイスラム寺院は厳粛な雰囲気を漂わせていた
新疆に暮らす人々の多くは、イスラム教を信仰している。今回の旅を通じて、これまで遠い世界のものだったイスラムを身近に感じ、その片鱗に触れ、少なからず知ることができた。

これら知り得たことをすべて書き連ねていくと、枚挙にいとまがないので、とくに気になったふたつを紹介する。それはラマダーンと呼ばれる断食の月と、喜捨と呼ばれる寄付・施しである。

イスラム世界には年に一ヶ月ほど、ラマダーンと呼ばれる断食月がある。断食といってもまったく何も食べないのではなく、日の出から日没までのあいだは食べ物を口にしないという決まりだ。ぼくはこれを修行の一環のようなものだと思っていたが、その真意は別のところにあったのだ。

イスラムの教典には経済についても書かれており、真っ当な取引きでお金を儲けることはよいことだとされている。ただし、そうすると貧富の差が生まれてしまい、貧しさで喰うものにも困る人が出てくる。ラマダーンは富めるものも、貧しきものも、一様に空腹を感じるためにあるのだという。

富めるものは食事のできないことの辛さを知ることで、貧しきものの気持ちを知ることができる。そして誰も彼もが空腹を抱えることで、一種の連帯感のようなものが生まれるのだという。

エティガール寺院:クリックで拡大   寺院内の礼拝堂:クリックで拡大   屋外にある古い礼拝台:クリックで拡大   内部は空っぽ:クリックで拡大
1.黄色が可愛いエティガール寺院 2.薄暗い礼拝堂内部 3.屋外にある古い礼拝台 4.礼拝のためだけの空間はシンプル

断食にも絡んでくるのが喜捨という、一種のお布施だ。お布施といっても寺院などへの寄付ではない。そもそもイスラムには聖職者は存在しない。イスラムの喜捨とは富めるものが、貧しいものへ与える金品、物品、食品などで、そうすることで徳を高めることができるのだという。

イスラムでは金儲けは悪いことではないと先に述べたが、それを溜め込んで独り占めすることは卑しいことだとされる。金持ちは断食することで貧乏人の気持ちを知り、困っている人、貧しい人に施しを与えることで、自身の徳を高めていくのだという。宗教に利権が絡まないよい仕組みだ。

4日目の朝、新疆地区最大のイスラム寺院エティガールを訪れた。人気のない静謐たる空間はほとんど空っぽだが、礼拝の時間ともなれば何万ものムスリム(イスラム教徒)らで溢れる。凛とした空気の中、イスラムとは宗教というよりも、個人個人の生き方そのものであるように思えた。
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by sangyuan | 2007-10-16 01:00 | 観光情報
 
バザールをめぐる
その街の生活を知りたければ、スーパーマーケットに行くのがよい。

どこの街でもスーパーには、そこに暮らす人々の日常がある。普段から住民たちが食べている惣菜や食材、日用に使う雑貨類や衣類、その他の雑多なものがところ狭しと並んでいる。そういったものから彼らの日常を垣間見るとともに、その街の大まかな物価を掴むこともできるのだ。

職人街の子供たち:クリックで拡大
どの国、どの街でも、子供たちの笑顔は輝いている
カシュガルではスーパーマーケットよりも、シルクロードの要衝らしくバザールを訪れたい。

カシュガルで行われるバザールは日曜日のものが最大規模となるが、普段からも街のいたるところで行われている。中央アジアと天山南路、そして西域南道の交差点にあたるカシュガルのバザールは、昔から揃わないものはないと呼ばれるほど、あらゆるものが扱われていた。

現在のバザールといえば主に日用品が主となるが、それでも外国人のぼくからすれば用途の見当もつかないような雑多な品々が、広大なエリアにズラリと並んでいた。そのほとんどは観光客には用のないものだが、ウイグル族の人々の買い物風景を眺めるだけで十分に楽しめた。

民芸品を扱う土産物店を冷やかし、ナッツやドライフルーツをしこたま試食し、ウイグル帽を売る店で値段交渉の駆け引きを楽しんだりしながら、バザールの雰囲気を堪能することができた。

バザールの次に向かったのが、職人街と呼ばれるストリートだ。ここでは様々な職人たちが店先で銅製品木工製品楽器などを造りながら展示即売している場所だ。ここもまたバザールの一種ともいえるが、取り扱っている製品の製造過程を目の前で見られるのが興味深い場所である。

カシュガルのバザール:クリックで拡大   楽器屋の新疆風タンバリン?:クリックで拡大   職人街の路上:クリックで拡大
左:生活雑貨から食料まで何でも揃う  中:ダップと呼ばれるタンバリンの先祖  右:鉄器や工芸品、その他にも食料などが揃う

とある木工品の店先に吊るされた品を指差し、ガイド氏が何をするものか当ててみろという。見たところはキセルのようだが、そんな単純な問題ではないのだろう。だが、考えても判らないので、キセルを咥えて吹かすような素振りをすると、周りにいたウイグル人たちが失笑を漏らす。

じつはこれ、煙草を詰める部分に似た箇所を赤ん坊のおちんちんに装着し、咥える部分を服の外に出す導尿装置なのだ。赤子がおしっこをしても外に導かれるのでおしめいらずで、ちゃんと女の子用もある。なるほどそんなものを外国人が咥えていたら、失笑を買っても仕方ない。

上海人たちにいわせれば、新疆人は危険だとか胡散臭いとよくいうが、ここで会った彼らは皆陽気で人懐っこい笑顔の人たちばかりだった。もちろん悪意を持った人がいないとはいわぬが、むしろ上海人による外地人への差別が、そんな危ない印象を創り出しているのではなかろうか。

楽器屋の親父の演奏に耳を傾けながらふと、そんなことを考えさせられた職人街のひとコマだ。
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by sangyuan | 2007-10-12 01:00 | 観光情報
 
神々の棲む場所へ その2
山道を進んでいくとやがて、前方に検問所のような場所が現われた。

国境へと続くこの道では人の出入りが管理されており、ここから先へ進むには身分証明書と顔写真の照合が必要となる。島国に暮らすぼくらにはイメージし難いが、その気になれば徒歩で国境を越えることだって可能なのだ。普段はあまり意識したことのない境界線が、この先にあるのだ。

しかし、それは我々人間が決めたものであり、この雄大な自然にとっては意味を持たない。代わりに険しさを増す道の両側には切り立った山々がそびえ、人が住む世界との境界を成していた。

紅山:クリックで拡大   険しい山道:クリックで拡大   ブロンクリ湖:クリックで拡大
左:鉄分の多い紅山はその名の通り赤い  中:険しい山々に囲まれたハイウェイ  右:神秘の湖ブロンクリ湖は鏡面のよう

いくつ目かも判らないアップダウンを越えると、ふいに視界が大きく開けた。ブロンクリ湖だ。

広大な湿地は一部を除いて干上がっているが、まだ水が残っている部分は鏡面のように静かだ。遥か対岸には砂に被われた山々が広がり、湖面に移る姿が神秘的である。風に舞う細かい砂は刻一刻と姿を変え、強い風が吹くと山の形がすっかり変わってしまい、旅人を惑わせる。

バスを下車し湖面まで下りてみる。外気はひんやりと冷たく、半袖から突き出た腕の体温を容赦なく奪っていく。ここは既に標高3,200メートルの高地。岸辺に近い湖面は、すっかり凍っていた。ぼくらは逃げ込むようにバスに乗り込むと、さらなる高み、最終目的地のカラクリ湖へと走った。

出発から3時間半。ようやくたどり着いたカラクリ湖は、人間を拒絶するかのような場所であった。

キルギス族の住居:クリックで拡大   ラクダも寒そうだ:クリックで拡大   砂に覆われた山:クリックで拡大
左:こんな場所でも人間は暮らしている  中:強い寒風にラクダも心なしか寒そうだ  右:砂丘ではなく砂で被われた山々

青く輝く深遠とした湖は、常に氷温に近く小魚さえも見られない。湖面を渡る風は身を切るように冷たく、肌をなぶる。そびえ立つ山々は険しく切り立ち、生物の侵入を拒むかのようであった。ここは通常の生き物が暮らすべき場所ではなく、神々こそが棲まうに相応しい場所のように思えた。

それは神々しいほどに荘厳で、何ものも穢すことのできぬほど神聖で、そしてただ美しかった。

驚くべきはこんな極地にも、営みを行なう人間がいるということだ。遊牧の民キルギス族は、多数のヤクを引き連れ、夏の間はここで放牧を行なう。ガスも水道も電気もないこの場所で、ユルタと呼ばれる移動式テントで生活する様は、ぼくらから見ればまるで神の地の修験者のようである。

ぼくらは薄い大気に喘ぎ、肌を切る風に凍えながらも、神々とその使者たちが棲まう神聖な場所を、しっかりと記憶に焼きつけた。カシュガルに戻るバスからふと振り返れば、神々の峰が厳しさと優しさを兼ね備えた強い瞳で、そっとぼくらを見守ってくれているような気がするのだった。
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by sangyuan | 2007-10-11 01:00 | 観光情報
 
神々の棲む場所へ その1
目の前に広がる壮大な風景に、ぼくは言葉を失った。

陽光を受けてキラキラと輝く湖面の向こうには、白い雪を戴いたムスタグ・アダ山(7546メートル)がそびえ立っている。左手に目をやればコングル山(7719メートル)もはっきりと目にすることができた。嘘か真か、両山がこんなに鮮やかに見えるのは、このシーズンでは初めてだという。

ちっぽけな島国では望むべくもない風景に、ぼくは恐怖にも似た神々しさを感じたのであった。

カラクリ湖:クリックで拡大

シルクロードの旅3日目は、パキスタンとの国境付近にあるカラクリ湖を訪れた。

北京時間で午前9時。ようやく明るくなり始めたカシュガルを出発して、カラコルムハイウェイ(中パ公路)を西へと向かう。以前はそこかしこが工事中で砂利道も多く、片道で6時間はかかっていたそうだが、現在ではすっかり整備されたハイウェイのおかげで4時間程度の道程である。

ハイウェイとはいってもポプラ並木の一般道であり、バスの傍らをロバ車が走り抜けたり、羊の群れが横切るのを待って立ち往生するようなのんびりとした道路だ。そんな中パ公路を40分ほど走ると、ウイグル族たちが暮らすウーパール村へとたどり着いた。ここで若干の休憩となる。

ナンを焼く青年:クリックで拡大
焼きたてアツアツのナンは素朴な味
道の両側には果物羊肉の屋台が並び、さながらバザールのような活気がある。その奥ではウイグルナンを焼く釜があり、焼きたてアツアツのナンがとても香ばしい香りを放っている。

旅のおやつにと買い求めたそれは、素朴な塩味にほんのりスパイスが効いていて旨い。別の屋台にて試食させて貰ったハミ瓜も、上海で食べるものよりジューシーでずっと甘かった。

ウーパール村を越えて荒野を少し進むと、バスはタリム盆地から崑崙山脈へと分け入っていく。山脈からの雪解け水が流れるガイズ川の渓谷に沿って、これから3,600メートルの高みを目指すのだ。ガイズとはウイグル語で灰色を指すそうだが、なるほど川の流れは灰色に濁っていた。

ここからの景色は変化に富み、目まぐるしく変わる車窓は見ていて飽きなかった。赤い岩肌の山岳地帯を抜け、険しい山道を少しずつ上っていくと、やがて前方に白い頂が見えてくる。山肌に付けられた細い道がシルクロードの跡だと聞き、当時の旅の困難さに想いを馳せるのだった。
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by sangyuan | 2007-10-10 01:00 | 観光情報
 
西の果ての街、カシュガルへ
民家で昼食をご馳走になったあとは、カシュガルまで大移動となった。

まずはバスに乗り込み、ウルムチまで約2時間半の旅だ。視界に広がる無人の荒野をぼんやり眺めながら、ぼくらを乗せたクルマは始まりの街へと舞い戻った。ここで早めの夕食を取ってから空港へと向かい、中国のほぼ最西端であるカシュガルまで約1時間40分のフライトである。

夕闇のカシュガル空港:クリックで拡大
西の果てカシュガルは21時を過ぎてなお明るかった
機内食をごはんか麺から選べるのは中華系航空では珍しくないが、その中身が新疆料理のポロかラグ麺というのは珍しい。パッケージには清真(豚肉不使用のイスラム食)と書かれており、乗客にイスラム教徒が多いことが判る。

機内食を食べ終わったら、とくにすることはないので、いつしか眠りに落ちていた。鈍いショックに目を覚ますと、そこはもうカシュガルだった。

カシュガルは天山南路と西域南道が交わる場所であり、中央アジアと中国を結ぶ要衝として栄えてきた街だ。住民の大部分はウイグル族であり、ここまで来ると中国の香りは極端に薄れ、街全体にエキゾチックな雰囲気が漂っている。多くの民族、文化がこの街を行き交っていたのだ。

中国であって中国でない街の空気は、遠い異国に来たような気がしてワクワクする。ホテルの窓から夜の帳に浮かぶ街を見下ろしつつ、明日から始まる新しい旅に想いを馳せるのであった。
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by sangyuan | 2007-10-09 01:00 | 観光情報
 
ウイグル族の家庭料理
旅の楽しみといえば、その土地土地の食べ物だろう。

できれば観光客向けのものではなく、地元の人たちが食べているローカルな料理を食べてみたい。しかし、現実にはツアーの食事といえば小ぎれいなレストランで、無難にまとめられたものが出てくることが多い。今回の旅でもそんな料理が続いていたので、ちょっと辟易していたのだ。

トルファンの家庭料理:クリックで拡大
品数は少ないけれど、それぞれ手作りで調理されたものだ
ところが、この日の昼食はウイグル族の民家を訪問して、地元の家庭料理をご馳走になると聞いて一気にテンションが上がる。主婦が作る普通の食事も、旅人にとってはご馳走なのだ。

バスを下りて玄関をくぐると、白いタイルが貼られた可愛らしい邸宅が出迎える。ちょっとした中庭のような空間には縁台が置かれ、その上には絨毯が敷かれ、座卓が用意されていた。

見上げると上はぶどう棚となっており、中庭を渡る風と木漏れ日が心地よい。テーブルの上には干しぶどうやドライフルーツ、ウイグルナンや揚げ麺などが並んでいる。壁際にはかまどや作業台が設えられており、主婦たちが手打ちで麺を打ったり、料理の仕上げを行う光景が見られた。

ウイグルナンは上海でもよく食べるが、そのどれよりも旨かった。モッチリとした生地はスパイシーで、ほのかに玉ねぎの甘味が効いている。ポロと呼ばれるウイグル風炊き込みごはんも、上海では油っこいものを出す店が多いが、ここで食べたそれはさっぱり上品な味付けで美味だった。

手打ち麺:クリックで拡大   ポロ(手抓飯):クリックで拡大   親子の情景:クリックで拡大
左:鮮やかな手付きで麺が出来あがる  中:ウイグル風の炊き込みごはん(ポロ)  右:親子の情景はいつも微笑ましい

とくにお気に入りがラグ麺と呼ばれる、ウイグルの手打ち麺。小麦の生地を叩いて伸ばしてを繰り返していると、みるみるうちに太さ4ミリ程度の立派な麺が出来あがる。これを鍋で茹で上げたものに、羊肉やトマト、じゃが芋などが入った、やや酸味の効いたソースをかけて頂くのだ。

麺にはしっかりとコシがあり、もっちりとした食感はうどんにも似ている。思いっきりすすり込んで奥歯で噛み締めると、グイッと歯ごたえの残したのちにブツリと噛み切れる。この食感がなんとも甘美で、あっという間に平らげてしまう。ご主人の勧めに甘えて、ついおかわりまでしてしまった。

食後は干しぶどうや瓜などを頂きながら、久しぶりにのんびりとした時間を楽しんだのであった。
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by sangyuan | 2007-10-07 01:00 | 観光情報
 
人の造りしもの (カレーズ)
シルクロードのオアシスには、3つのタイプが存在する。

ひとつは河川を利用したもの。ひとつは湧き水を利用したもの。そしてもうひとつは、カレーズと呼ばれる施設を利用したもので、トルファンはこのタイプのオアシス都市である。カレーズとはいったいどのようなものなのだろうか。それを知る手がかりを求め、カレーズ民族園を訪れた。

カレーズ:クリックで拡大
地底を這うようなトンネルから清流が流れていた
カレーズとはペルシャ語で、掘って水を通す施設を意味する。もともとはイランなどで行われていた潅漑方式で、シルクロードを通じてこの地にもたらされた古(いにしえ)の技術だ。

その方法はこうだ。まず天山山脈の水脈を堀り当て、そこから一定間隔で竪穴を掘っていく。それぞれを緩やかな傾斜をつけた横穴で結び、居住地区までの地下水路を構成するのだ。

これらはすべて手掘りで行われるため、1日の掘削速度は1メートル程度。完成までには数年の歳月を要するが、それでも安定した用水を確保するため、いくつものカレーズが掘られた。その数はじつに1,000以上、総延長は4,000キロにも達するため、地下の長城とも呼ばれている。

民族園はそんなカレーズのひとつを、観光向けに一般開放した施設。ゲートから中に入ると、大粒の実をたわわに実らせたブドウ棚が迎えてくれる。これらのブドウはカレーズによる潅漑で育てられている。最初の建物でカレーズの仕組みを学んだら、いよいよ地下を通る水路を見学だ。

たわわに実ったブドウ:クリックで拡大   民族衣装の女性たち:クリックで拡大   カレーズの断面模型:クリックで拡大
左:実りだけでなく日除け効果ももたらす  中:エキゾチックな美女らと記念撮影  右:模型の中には実際に水が流れている

らせん階段を地中深くへと下っていくと、やがて清らかな水の流れが目に入る。パッと見はたんなる用水路といった趣きだが、この水が天山山脈の麓から何十キロも地中の水路を旅してきたかと思うと感慨深い。トルファンの民にとっての命の水に手を浸すと、それはひやりと冷たかった。

素掘りのカレーズは崩れ易く、崩落してしまうことも少なくない。その度にこの地の民たちは地中へと潜り、命がけでメンテナンスを行ってきた。21世紀の現在でもそれは変わらない。ここトルファンは遥かな昔より脈々と受け継がれてきた、人の造りし水脈によって支えられているのだった。
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by sangyuan | 2007-10-05 01:00 | 観光情報


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