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ようやく念願叶って上海駐在員になれたしゅうの、上海での日々をまったりお伝えします。
by しゅう
 
西域からきた姫君 (香妃墓)
香妃と呼ばれた西域の美女をご存知だろうか。

時に18世紀の半ば。清の乾隆帝は破竹の勢いで領土を拡大し、ついには莎車(新疆)をも陥落させた。このときに捕らえられたのが、カシュガルの王妃イクバル・ホージャ。彼女はその美しさも然る事ながら、その身体から砂ナツメの芳香が放たれることから香妃と呼ばれるようになった。

乾隆帝はたちまち香妃の虜となったが、敬虔なムスリムだった彼女は前夫に操を立てて、けして皇帝に心を開こうとはしなかった。それでも諦めきれない皇帝の姿を憂いた皇太后は、ひそかに香妃と面会して自殺を迫った。夫を失い、国へ戻ることもできない彼女は、自ら命を絶ったのだ。

アパク・ホージャ墓:クリックで拡大
タイル貼りの美しい建物は、丸屋根や尖塔がイスラムらしい
そんな香妃の亡骸が葬られているという、アパク・ホージャ墓を訪れた。アパク・ホージャとは16世紀末に活躍したイスラムの指導者で、ここは彼とその一族(5代72人)の墓である。

立派な石造りのアーチをくぐって敷地内へと入る。敷地内にはポプラや、香妃にまつわる砂ナツメの木々が並んでいる。石畳の通路を進み、小さな門をくぐると立派な建物が姿を現わした。

緑色のタイルで飾られた美しい建物に足を踏み入れる。内部は一段高くなった部分に、ビニルハウスの頂上を尖らせたようなものが多く並び、その上に色とりどりな布が掛けられている。これが墓石で、その地下数メートルの部分には今も、ホージャ一族の遺体が埋葬されているという。

その中のひとつの香妃の墓とされる墓石もあるが、近年の調査ではそこに遺体はないという。遺体は3年かけてカシュガルまで運ばれたとか、北京近郊に葬られた、湖北省に墓があるなど諸説あるようだが、彼女がどこで眠っていようとも、その物悲しい伝説が変わることはないだろう。
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by sangyuan | 2007-10-17 01:00 | 観光情報
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