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ようやく念願叶って上海駐在員になれたしゅうの、上海での日々をまったりお伝えします。
by しゅう
 
火焔山とベゼクリク千仏洞
火焔山をご存知だろうか。

中国の有名な小説『西遊記』の中に登場する山で、全体が赤々と燃え上がり玄奘三蔵一行の行く手を阻んだ難所である。もちろんこれは想像上の話ではあるが、トルファンにはこの物語の舞台となったモデルの山がある。名前はそのまま火焔山で、その姿は燃えるように赤いという。

火焔山:クリックで拡大
夏にはゆらゆら燃え上がるという
火焔山はトルファン盆地の中央部に横たわる東西約100キロ、南北10キロに渡る山地である。褶曲運動によりひだの入った山肌は鉄分を多く含むため、うっすらと赤味を帯びている。

中国でも屈指の高温地帯であるトルファンだ、夏場には山肌の温度は60℃を越えるという。立ち上る陽炎がゆらゆらと揺らめき、山全体がまるで燃え上がっているように見えるという。

残念ながら秋深まるトルファンではそんな光景は見られなかったが、それでもなかなかの絶景である。渓谷を流れるムルトゥク河を右手に見ながら、ぼくらを乗せたバスは次なる目的地であるベゼクリク(柏孜克里克)千仏洞の入り口へとたどり着いた。

ベゼクリクとはウイグル語で「美しく飾った家」を意味する。6世紀から14世紀にかけて、この地に多数の仏教石窟が掘られ、内部は宗教壁画や仏像などで美しく飾られていた。9世紀中頃には王族の寺院とされ、現存する石窟83窟のうち大部分はこの時期に制作されたものだという。

谷底には天山山脈の雪解け水が流れ、この乾いた土地にも緑が茂っていた。渓谷の壁沿いに少し下ると、日干し煉瓦を積み上げた趣きある石窟群が目に入る。この雄大な自然にも不思議と調和しているが、埃っぽい建物に付けられた、無粋なアルミ扉だけは強烈な違和感を放っていた。

扉の中に入るとドーム状の天井を持つ石窟内に、いくつもの壁画が描かれている。だが、その大半は無残にも剥がされ、削り取られ、元の姿を留めていなかった。元々この地は仏教が盛んであったが、15世紀に入ってきたイスラム教が勢力を増すと、徐々に駆逐されていったのだった。

ムルトゥク河とベゼクリク千仏洞:クリックで拡大   風化が激しい:クリックで拡大   厳重に封印されている:クリックで拡大
左:川沿いの壁面にはかつての大寺院が   中:発見時には砂に埋もれていたという   右:盗難を防止するための無粋な扉だ

19世紀に入るまで忘れ去られていた千仏洞に、再び脚光を当てたのはドイツの探検隊だった。当時、多くの石窟は砂に埋もれ、残る穴は羊飼いの住居や厩舎と化していた。彼らが遺跡を覆う砂を払いのけ発掘を行うと、中からはイスラムの破壊を免れた美しい壁画が姿を現わしたのだ。

しかし現在では、その壁画もほとんど失われてしまった。ドイツを中心とした外国の探検隊たちが、そのほとんどを根こそぎ持ち去ったのだ。その中には我々日本の探検隊も含まれる。当時の中国の状況を考えれば保護したとも取れるが、今は元あった場所に返すべきではと思うのだ。

だが、ドイツが持ち去った大量の壁画は、先の大戦で灰燼に帰した。とても残念な話である。
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by sangyuan | 2007-10-04 01:00 | 観光情報
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