上海には大境路という通りがある。
人民路と河南南路に挟まれた1キロもない短い通りには、上海の庶民の暮らしが詰まっている。
鶏の鳴き声、タライで跳ねる魚の水音、道行く人々の雑踏、物売りの声などが混沌とした場所。
ぼくは活気溢れるこの通りの雰囲気が大好きで、出張者だったころから足繁く通っていたものだ。
ところが、急速にその姿を変えつつあるこの街に於いては、時間に忘れ去られてしまったような
大境路すらも例外ではなく、再開発という時代の波に翻弄されて往時の活気を失いつつある。
取り壊しの進む通りを眺めながら、次に訪れたら更地になるのではとの不安を感じていたのだ。
そんな想いに突き動かされるように、久しぶりに訪れた大境路はまだ失くなってはいなかった。
ただし、通りとしては健在でも、そこに並ぶ建物の大部分は朽ち、封鎖され、取り壊されていた。
人の往来はあるものの、かつての活気は失われてしまい、まるで死期を悟った老猫のようだ。
そこはぼくの愛した生が満ち溢れた世界ではなく、死の匂いすら感じさせる寂しい場所だった。
せめてもの救いは露香園路より東側は、往時ほどではないもののまだ活気を保っていることだ。
現時点では再開発計画から外れているらしく、新しい店などもでき、人々も活き活きとしていた。
そんな通りの様子に、最近忙しくて疲れ気味だったぼくも、元気を分けて貰えた気がするのだ。
このままずっと変わらないで欲しい、そう願うのはただのエゴなのだろうか。
ぼくがここに暮らしているのなら、そう願う権利もあるのかもしれないが、現実にはそうじゃない。
近代的な公寓に暮らしながら、古いものは変わらずにいて欲しいと願うのはわがままだろう。
そう頭では理解していても、やっぱり感情では残して欲しいと思っているのも事実だけれど。
時間の流れとともに変わっていくのは仕方ないことだけど、大切なものまで失くさないで欲しい。
無味乾燥な未来都市よりは、魔都と呼ばれるのが相応しい混沌としたこの街が好きなのだから。
これからこの街がどう変わりゆくのか、今後もこの通りをサンプルとして観察していきたいと思う。
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大境路
住所 上海市黄浦区大境路 (人民路と河南南路のあいだ)
交通 公交 小北門(11,220,736,911,930)、老西門(135,940)ほか